ぼのぼのほのぼの日記

日々の気持ちをつづります。

しょうらいのゆめ。

 

今日はふと思い出したことがありました。

 

幼稚園の年中さんだった頃のお誕生日カードに書いてあった「しょうらいのゆめ」。(もちろんその頃、字は書けなかったので先生に書いてもらったカードなのですが^^)

 

その現物捨ててないと思ったんですが、見つからなかったので確証はないのですが、確か…

 

「おかあさん」

 

って書いてあったんですよね。

 

以前、そのカードを読み返した時は「将来の夢で『おかあさん』って…ε- (´ー`*)フッ」って思ってたぐらいだったんですが、5歳の時に書いた(先生に言った)将来の夢って結構ステキなことを言ってたんだなぁって今では思います。

 

年長さんの時は「お花屋さん」って職業を書いてあった記憶があるので、もうその時には「大人(社会?)が求めている答え」を考えていたんだなぁと思いました。

 

年中さんの頃の私は「しょうらいのゆめ」というもの自体がよく分かっていなかったから「しょうらいのゆめ=大人になったら何になりたいか」のイメージが、「近くの大人=母親」を将来の夢として言ったのかもしれませんが、それだけ私は母親のことを慕っていたんだなぁ、大好きだったんだなぁと思いました。

 

で、私は現在、母親が私を産んだ年齢になりました。

 

改めて、母親の凄さを実感しているのですが、私もいつか年中さんの時に書いた夢が実現できれば良いなぁなんて思ったのでした。

 

母親の凄さを語ると、以下の話もよくしてくれました。

 

兄も私も帝王切開で生まれてきたのですが、私の時は母親の生死に関わる出来事が起こったそうです。

 

(ちょっと痛い話なので苦手な方はここで。(*・ω・)ノシ♪)

 

 

☆☆☆

 

私が生まれた後、お腹を縫う時に麻酔が切れかかったそうなのです。

 

お腹が開いている状態(つまりナイフでお腹を刺されていることと同じ)なのでそれはそれは激痛だったそうで、最初看護師さんの手を握って耐えていたそうなのですが、あまりの握力で看護師さんが耐えきれなくなって、タオルを握らされて縫合に耐えていたそうです。

 

母親は気を失うことなく、最後までその痛みに耐えたそうです。

 

※今、このようなことが起こったら病院側のミスとして訴えることもできる問題だと思うのですが、今回はその話をしたいわけではないので割愛します。

 

母親は「私は痛みには強いのよ^^」って笑って話していました。

 

今の私の歳にそんな経験をした母親。

 

そんな母親は現在、リウマチに罹っており、関節の痛みと付き合っています。

 

「痛くない日はないけど、買い物も行けるし、友だちとも会えるし、(父親ともよくケンカしているし…苦笑)大したことないわよ^^」っていつも明るいです。

 

私はそんな母親を尊敬しているし、到底近づくことはできないけれど、いつかこんな女性になれたら良いなぁなんて思っています。

 

近すぎて気付かなかったけれど、私にはお手本にしたい母親像があったんだなって今更ながら実感した今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

(*・ω・)ノシ♪